Editorial notes

台湾から、
庭と都市を
考える。

実際に訪ねた場所、読んだ資料、人との対話を手がかりに、日本庭園、文学、台湾と日本、都市と住まいについて書いています。

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緑のある街区、庭をもつ住宅、水辺の歩道を描いた都市生活のイラスト
高雄・果嶺自然公園に残る旧ゴルフ場の起伏、草地、池、樹林
筆者撮影|高雄・果嶺自然公園に残る旧ゴルフ場の起伏、草地、池、樹林。
Reading line 01 · 都市・緑地・住まい

大きな緑地は、街と暮らしをどう変えるのか。

公園の価値は、園内で何ができるかだけでは測れません。高雄・果嶺自然公園から、限られた人が使っていた土地を公共空間として開き、長い時間をかけて育てる意味を考えます。さらに新宿御苑と台北の観測、シンガポールの夜間モデルをたどり、緑地の涼しさが街へ届く仕組みと、都市が夜に冷え直せない理由を考えます。

  1. 01 高雄で、70ヘクタールのゴルフ場はなぜ公園になったのか ゴルフ場時代から緑だった土地で、変わったのは誰が入れるかだった。果嶺自然公園から、公共空間と長期的な維持管理を考える。
  2. 02 閉園後も、公園は街を冷やしている 新宿御苑から台北へ。公園の涼しさが園外へ届く距離と、高温多湿の都市で木陰と風を両立させる条件を読む。
  3. 03 同じ街で、なぜ夜の気温が7℃も違うのか シンガポールの夜間モデル、高雄の木陰・通風・PM2.5、熱帯夜と睡眠から、都市が夜に冷え直せない理由と暮らしへの影響を考える。
京都・龍安寺方丈庭園の石組と白砂
京都・龍安寺方丈庭園。川端は講演で龍安寺を名指ししておらず、ここでは枯山水の視覚例として掲載。
撮影:Fg2 · パブリックドメイン
出典:Fg2、Wikimedia Commons|Dry-Garden-Ryoanji-3355。Commons ではパブリックドメインとされている。本サイトでは原画像を使用し、カードの比率に合わせて CSS でトリミング表示している。
Reading line 02 · 人物と庭園

人々のまなざしを通して見ると、庭園は景色以上のものになる。

川端康成は、限られた庭が山河を呼び起こす力を語り、小泉八雲は石や生き物までを含む生活世界を見つめました。朱舜水と徳川光圀をたどると、小石川後楽園は「忠」と「譲」、そして「先憂後楽」を読み直す庭として見えてきます。湯川秀樹は庭とともに暮らし、スティーブ・ジョブズは西芳寺へ繰り返し足を運びました。『夕霧花園』では、記憶の中の庭が小説で形を得て、映画のために現実の空間として造られていきます。六篇を続けて読むと、庭園が歴史、記憶、想像力、暮らし、美の感覚、そして物語を映像にする仕事へ開かれていきます。

  1. 01 川端康成と日本庭園:小さな庭に、なぜ山河が見えるのか 1968年のノーベル賞記念講演から、不均整、枯山水、一輪の花をたどり、限られた庭が、そこにない山河を呼び起こす仕組みを読む。
  2. 02 小泉八雲は日本庭園に何を見たのか 石の個性、蝉の声、植物、ヒキガエル。松江の武家屋敷に暮らした異邦人が、庭を一つの生活世界として見つめた。
  3. 03 先に憂い、後に楽しむ――朱舜水と徳川光圀、小石川後楽園を読む 大泉水、得仁堂、円月橋、稲田をたどり、朱舜水の「忠」と徳川光圀の「譲」、そして庭の名に刻まれた「先憂後楽」を読み直す。
  4. 04 湯川秀樹と日本庭園|庭とともに暮らすということ 幼い日の「庭の構図」から、下鴨の南天、苔、金木犀、鳥の声まで。庭と暮らした二十四年をたどる。
  5. 05 スティーブ・ジョブズと西芳寺|一度では見終えられない庭 京都に名庭は数多い。それでも、なぜ西芳寺へ何度も戻ったのか。苔、池水、石組、自然の成長と長年の手入れから考える。
  6. 06 『夕霧花園』――この日本庭園は、なぜ造られたのか 亡きユンホンを偲ぶ願いから、小説の配置図、映画のためにマレーシアで造られた夕霧まで。記憶と想像が、実際に歩ける庭へ変わる過程をたどる。
ブローデル・リザーブのサンド・アンド・ストーン・ガーデン、ジャパニーズ・ゲストハウス、太平洋岸北西部の森
筆者撮影|Bloedel Reserve のサンド・アンド・ストーン・ガーデン
Reading line 03 · 庭園と継承

庭園は、完成しただけでは生き続けない。

林業で得た財産を、邸宅ではなく森と庭園に注ぐこと。異なる土地に日本庭園をつくり、細部に意味を宿し、完成後も庭の意味を読み取りながら手入れを続けること。銀閣寺では、義政が残した始まりに、戦火、改修、白砂、長い維持管理が重なります。五篇を続けると、庭園を所有することと育てることの違い、そして一つの風景が時間を越えて生き続けるために必要なものが見えてきます。

  1. 01 なぜ邸宅は森の奥へ退いたのか|ブローデル・リザーブと日本庭園 フェリー、独立したゲストハウス、砂と石の庭、歩ききれない森。林業で富を築いた一家が、三十年以上をかけて育てた景観を歩く。
  2. 02 本物らしさとは、日本をそのまま移すことではない UBC新渡戸記念庭園を歩き、外観の再現だけでは測れない「本物らしさ」を考える。
  3. 03 細部から見る:UBC新渡戸記念庭園の石灯籠、橋、石組 道がどう曲がり、橋をどう渡り、石と灯籠がどこに置かれるのか。歩く順序から庭を読み直す。
  4. 04 庭園が完成した、そのあとで|杉山龍さんと、一つの庭園を未来へつなぐ仕事 剪定、研究、教育。庭園を読み続けることで、作品を次の世代へつなぐ。
  5. 05 銀閣寺には銀がない。しかも、初めからこれほど簡素だったわけではない 銀箔のない楼閣、かつての黒漆と色彩、後世の白砂。足利義政が始め、時間がその続きをつくった庭を読む。
重森三玲の庭園、石組、実測研究を重ねた記事画像
重森三玲|実測、石組、そして東福寺へ
Reading line 04 · 伝統と前衛

伝統を踏まえた、
次なる一歩。

重森三玲は、全国の古庭園を実測し、伝統の形と構造を徹底して学びました。東福寺では「何ひとつ捨てない」という条件から前衛を生み、西中千人はガラスという現代の素材を、法然院の参道と枯山水の時間へ接続しました。三篇を続けて読むと、過去をなぞらずに伝統の先へ進むための筋道が見えてきます。

  1. 01 重森三玲|日本庭園の過去を測り、その未来をつくった人 約350庭園の実測から東福寺、岸和田城、漢陽寺へ。伝統を研究しながら、その先をつくった生涯。
  2. 02 東福寺本坊庭園|「捨てられない石」が重森三玲の前衛を生んだ 東司の礎石は北斗七星に、古い切石は市松に。捨てられない材料が、まだなかった構想を引き出した。
  3. 03 西中千人のガラス枯山水|未来の伝統を創る 法然院《つながる》と重森千靑との対話から、ガラスが枯山水の新しい語彙になる瞬間を読む。
新渡戸記念庭園、橋頭糖廠、五分車を重ねた記事のイメージ
Reading line 05 · 台湾と日本

一つの庭園の物語が、台湾へ戻ってくる。

UBCの新渡戸記念庭園にある一体の銅像から、1901年の橋仔頭へ。製糖工場と『糖業改良意見書』を直接の因果で結ばず、畑、制度、鉄道、人の仕事へ視線を広げます。別の道筋では、八田與一と烏山頭を通して、水利、記憶、台湾と日本の関係を考えます。

  1. 01 一通の意見書と、一つの製糖工場|新渡戸稲造と台湾・橋頭 1901年の工場建設と意見書を二つの動きとして捉え、製糖業が畑、原料制度、鉄道、人の仕事をどう結び直したかをたどる。
  2. 02 「太平洋の橋」から烏山頭ダムへ――八田與一が遺したもう一つの橋 水利事業が水と土地を結び、台湾と日本の間に長く複雑な記憶を残していった過程をたどる。
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