最近、
五つの問いを
追っています。
街と暮らしを、何が支えているのか。庭を通して、人は何を見つめ、何を考えたのか。異なる土地で庭園はどう生きるのか。伝統を深く知ることは、なぜ前衛につながるのか。そして、一つの庭園の物語は、どう台湾へ戻ってくるのか。二十三篇の記事を、五つの流れに編み直しました。
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01
街と暮らしを、
何が支えているのか。公園の公共性、都市の涼しさ、順發の社会貢献と住まいのバランスから、日々の暮らしを長く支える選択を考える。
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02
庭を通して、人は何を見つめ、
何を考えたのか。川端康成、小泉八雲、朱舜水と徳川光圀、湯川秀樹、スティーブ・ジョブズ、そして『夕霧花園』をたどり、山河、「忠」と「譲」、記憶、暮らし、美の感覚、さらに文学と映画の中で庭が形を得る過程を読む。
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03
庭園は、
どう生き続けるのか。森へ注いだ時間、設計の細部、完成後の手入れをつなぐ。
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04
伝統は、
なぜ前衛になるのか。重森三玲、東福寺、そしてガラス枯山水。
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05
庭園の物語は、
どう台湾へ戻るのか。新渡戸稲造から橋頭糖廠、八田與一へ。
街と暮らしを、何が支えているのか。
公園を開き、涼しさを街へ届けること。企業の営みに社会貢献を組み込み、住まいの光や風を整えること。高雄・果嶺自然公園、新宿御苑と台北の観測、夜間ヒートアイランドのモデル、そして順發の取り組みから、日々の暮らしを長く支える選択について考えます。
- 01 高雄で、70ヘクタールのゴルフ場はなぜ公園になったのか ゴルフ場時代から緑だった土地で、変わったのは誰が入れるかだった。果嶺自然公園から、公共空間と長期的な維持管理を考える。
- 02 閉園後も、公園は街を冷やしている 新宿御苑から台北へ。公園の涼しさが園外へ届く距離と、高温多湿の都市で木陰と風を両立させる条件を読む。
- 03 同じ街で、なぜ夜の気温が7℃も違うのか シンガポールの夜間モデル、高雄の木陰・通風・PM2.5、熱帯夜と睡眠から、都市が夜に冷え直せない理由と暮らしへの影響を考える。
- 04 台湾の順發から考える社会貢献と暮らしの意味 吳錦昌会長の講演から、社会貢献に参加する楽しさと意味、光・風・維持管理を大切にする住まいのバランスを考えます。
撮影:Fg2 · パブリックドメイン
人々のまなざしを通して見ると、庭園は景色以上のものになる。
川端康成は、限られた庭が山河を呼び起こす力を語り、小泉八雲は石や生き物までを含む生活世界を見つめました。朱舜水と徳川光圀をたどると、小石川後楽園は「忠」と「譲」、そして「先憂後楽」を読み直す庭として見えてきます。湯川秀樹は庭とともに暮らし、スティーブ・ジョブズは西芳寺へ繰り返し足を運びました。『夕霧花園』では、記憶の中の庭が小説で形を得て、映画のために現実の空間として造られていきます。六篇を続けて読むと、庭園が歴史、記憶、想像力、暮らし、美の感覚、そして物語を映像にする仕事へ開かれていきます。
- 01 川端康成と日本庭園:小さな庭に、なぜ山河が見えるのか 1968年のノーベル賞記念講演から、不均整、枯山水、一輪の花をたどり、限られた庭が、そこにない山河を呼び起こす仕組みを読む。
- 02 小泉八雲は日本庭園に何を見たのか 石の個性、蝉の声、植物、ヒキガエル。松江の武家屋敷に暮らした異邦人が、庭を一つの生活世界として見つめた。
- 03 先に憂い、後に楽しむ――朱舜水と徳川光圀、小石川後楽園を読む 大泉水、得仁堂、円月橋、稲田をたどり、朱舜水の「忠」と徳川光圀の「譲」、そして庭の名に刻まれた「先憂後楽」を読み直す。
- 04 湯川秀樹と日本庭園|庭とともに暮らすということ 幼い日の「庭の構図」から、下鴨の南天、苔、金木犀、鳥の声まで。庭と暮らした二十四年をたどる。
- 05 スティーブ・ジョブズと西芳寺|一度では見終えられない庭 京都に名庭は数多い。それでも、なぜ西芳寺へ何度も戻ったのか。苔、池水、石組、自然の成長と長年の手入れから考える。
- 06 『夕霧花園』――この日本庭園は、なぜ造られたのか 亡きユンホンを偲ぶ願いから、小説の配置図、映画のためにマレーシアで造られた夕霧まで。記憶と想像が、実際に歩ける庭へ変わる過程をたどる。
庭園は、完成しただけでは生き続けない。
写真家が繰り返し訪ねることで、同じ庭園の違う姿が見えてきます。粟野隆先生の研究からは、造園者の仕事、木々の変遷、雨水の働きが見えてきます。林業で得た財産を、邸宅ではなく森と庭園に注ぐこと。異なる土地に日本庭園をつくり、細部に意味を宿し、完成後も庭の意味を読み取りながら手入れを続けること。銀閣寺では、義政が残した始まりに、戦火、改修、白砂、長い維持管理が重なります。七篇を続けると、庭園を所有することと育てることの違い、そして一つの風景が時間を越えて生き続けるために必要なものが見えてきます。
- 01 一つの庭園を、なぜ百回も撮るのか 西芳寺に百回以上通った中田昭さんの写真と文章から、季節の変化と庭師の仕事を見つめます。
- 02粟野隆先生と、庭園をもう一度見つめる台湾の造園者、庭屋一如、伝承技術、六義園の樹木、三溪園の雨水。粟野隆先生の研究から、庭園をさまざまな角度で見つめます。
- 03 なぜ邸宅は森の奥へ退いたのか|ブローデル・リザーブと日本庭園 フェリー、独立したゲストハウス、砂と石の庭、歩ききれない森。林業で富を築いた一家が、三十年以上をかけて育てた景観を歩く。
- 04 本物らしさとは、日本をそのまま移すことではない UBC新渡戸記念庭園を歩き、外観の再現だけでは測れない「本物らしさ」を考える。
- 05 細部から見る:UBC新渡戸記念庭園の石灯籠、橋、石組 道がどう曲がり、橋をどう渡り、石と灯籠がどこに置かれるのか。歩く順序から庭を読み直す。
- 06 庭園が完成した、そのあとで|杉山龍さんと、一つの庭園を未来へつなぐ仕事 剪定、研究、教育。庭園を読み続けることで、作品を次の世代へつなぐ。
- 07 銀閣寺には銀がない。しかも、初めからこれほど簡素だったわけではない 銀箔のない楼閣、かつての黒漆と色彩、後世の白砂。足利義政が始め、時間がその続きをつくった庭を読む。
伝統を踏まえた、
次なる一歩。
尼﨑博正は、庭石や水の来歴を調べ、いま庭をつくり、残すための判断につなげます。重森三玲は、全国の古庭園を実測し、伝統の形と構造を徹底して学びました。東福寺では「何ひとつ捨てない」という条件から前衛を生み、西中千人はガラスという現代の素材を、法然院の参道と枯山水の時間へ接続しました。四篇を続けて読むと、過去をなぞらずに伝統の先へ進むための筋道が見えてきます。
- 01 尼﨑博正――歴史を知り、伝統を創造につなぐ 京都迎賓館の石、西芳寺の水路、都市の茶庭。歴史と現場の研究が、いま庭をつくり、残す判断にどうつながるのかを考えます。
- 02 重森三玲|日本庭園の過去を測り、その未来をつくった人 約350庭園の実測から東福寺、岸和田城、漢陽寺へ。伝統を研究しながら、その先をつくった生涯。
- 03 東福寺本坊庭園|「捨てられない石」が重森三玲の前衛を生んだ 東司の礎石は北斗七星に、古い切石は市松に。捨てられない材料が、まだなかった構想を引き出した。
- 04 西中千人のガラス枯山水|未来の伝統を創る 法然院《つながる》と重森千靑との対話から、ガラスが枯山水の新しい語彙になる瞬間を読む。
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ここでは、いま続けて読んでほしい五つの流れを紹介しています。すべての日本語記事は記事一覧にまとめています。
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